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大分地方裁判所 昭和38年(わ)390号 判決

被告人 甲斐重幸

昭一〇・一〇・二八生 無職

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中二四〇日を右本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和三八年八月一二日頃、その当時稼働していた大分県玖珠郡九重町字野上所在の株式会社佐藤組永野班道路工事作業現場において、武内英司保管に係る右会社所有のダイナマイト五本、工業用雷管五個、導火線約一、四メートル(時価合計金四〇五円位相当)を窃取し

第二、法定の除外事由がないのに、同年八月一二日頃から同年九月二六日頃までの間、火薬類であるダイナマイト五本、工業用雷管五個、導火線約一、四メートルを、大分県玖珠郡九重町字野上の前記永野班作業現場附近飯場および肩書住居において、これをマツチ小箱、アサヒ運動靴空箱(昭和三八年押一一七号の1、2)に納めて隠とく所持し

第三、同年九月二六日頃朝、別府市に職をさがしに出かけたところ、よい仕事もみつからず、バー等で飲みすごして所持金も残り少なくなり、帰宅しても兄嫁に気がねして面白くもないところから、帰宅途中、自暴自棄になり、前示火薬類をレールの下に置き汽車の通過による重力や衝動でダイナマイトを爆発させて鉄道事故を起そうと考え、汽車が通過する直前である同日午後八時三〇分頃、大分県大野郡三重町大字下赤嶺、赤嶺秀人方から北方約八〇メートル地点の国鉄豊肥線、大分駅に向かい右側の、枕木と枕木の間にある道床の石二、三個を取りのぞいてレール下に、点火しない導火線つき工業用雷管(径六、五ミリ)を装填した七五グラムのダイナマイト一本(径二五ミリ)をレール底部と離し横にして置き、汽車脱線等の虞れがあるように作出しようとしたが、右雷管つきダイナマイトの爆発の可能性極めて低く、かつその威力においても低度であるため、かかる状況を作出するにいたらず、もつて汽車往来の危険を生ぜしめず

第四、法定の除外事由がないのに県知事の許可を受けないで

(一)  同日午後九時過ぎ頃、同町大字百枝字役場、赤嶺信義所有の山林内において、導火線をつけた工業用雷管一個を、その導火線に点火燃焼のうえ爆発させ

(二)  同日午後一一時頃、同町大字井迫字漬入、甲斐英雄所有の畑内において、導火線と工業用雷管をつけたダイナマイト二本を、その導火線に点火燃焼のうえ爆発させ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中、第一は刑法二三五条に、第二は火薬類取締法五九条二号、二一条に、第三は刑法一二五条一項、一二八条に、第四(一)および(二)はいずれも火薬類取締法五九条五号、二五条一項に各該当するが、判示第三は所犯未遂であるから刑法四三条本文、六八条三号により、法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、判示第二、第四の(一)(二)の各罪については所定刑中それぞれ懲役刑を選択したうえ、同法四七条本文、一〇条により刑の最も重い判示第一の罪の刑に併合罪加重し、その刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用して、未決勾留日数中二四〇日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

(一)、弁護人は、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたと主張するが、医師仲宗根玄吉作成の鑑定書および前顕証拠によれば、本件犯行当時被告人が是非善悪を弁識し、弁識に従つて行為する能力に著しい減弱があつたとは、とうてい認められないから、右主張は採用しない。

(二)、弁護人は判示第三につき、被告人がなした装置をもつてしては、雷管を装填したダイナマイトの爆発の可能性が全然無いから、汽車の往来危険を発生せしめることは絶対不能に属し、いわゆる不能犯として不可罰であると主張する。よつて前顕関係証拠を検討すると、本件雷管(径六、五ミリ)を装填したダイナマイト(径二五ミリ)をレール下に装置し、汽車通過によるレールの沈下でダイナマイトが圧縮され、雷管の管体に変形を与えた場合には爆発の確率は五〇%、雷管が圧し潰される程度であればその確率は九〇%以上であることが認められるので、被告人の説明にしたがつて被告人のなした装置を再現し、これを前提にして他の事情を捨象して考察してみると、被告人はレール直下六〇ミリの位置を底部として真横に雷管つきダイナマイトを装置したというのであるから、装置した雷管つきダイナマイト上端部とレール底部との間に三五ミリ位の間隔があり、汽車通過の際において車輛の動力、衝動によるレールや道床の沈下の実験結果を相関算定しても、右三五ミリ位の間隔を三、五ミリないし四、五ミリ位を縮めるに止り、レールを介し通過列車の重力、衝動によつて雷管自体に変形を加えることは不可能で雷管の変形による爆発は先ず物理的に不可能と断ぜざるを得ないこととなる。しかしながら、列車の数次の通過により道床の砂利が上下、左右に僅かに二ミリないし五ミリ位動揺又は移動することが認められるから、これが度重なることにより、装置せるダイナマイトに外力が加わつてこれが移動したり、或いは雷管つきダイナマイトの上や下に砂石が重なり、ついにはレールとダイナマイトとの間に直接或いは砂石を介して間隔がなくなり汽車通過の際のその重力、衝動が雷管つきダイナマイトに直接加わつて、雷管の管体に変形を加え、爆発の可能性も絶無とはいえない。結局被告人のなしたレール下の雷管を装填したダイナマイト装置が絶対に爆発をおこさないとは断じ難いのである。しかして本件雷管つきダイナマイト(七五グラム)一本が爆発すると、日豊本線に敷設せられたような材質のレールに、かすかながらも、僅かな亀裂を生ぜしむる力があり、又道床に存する砂利をはねとばして、たまたまこれがレール上に乗り上げることもあり得ることであり、更には道床等に傷害を加え、これらの支障が数次の汽車の通過による外力の作用の累積によつて、その傷害が漸次増大することもあろうし、ついには鉄道交通の安全を害することも、その可能性の程度は格別として、おこり得るものと認められる。以上のことを併せ考えると、被告人の判示所為が、汽車往来危険を生ぜしめる可能性が絶無であるとはとうてい認められず、したがつて刑法一二五条所定の犯罪として可罰的なものであつて弁護人の主張は採用に由ない。

なお、刑法一二五条一項所定の往来の危険を生ぜしめるというのは、衝突、顛覆、脱線等の実害を発生する虞れのある状況を作り出すことで、かような具体的危険が発生することを要するものと解する。しかし具体的危険が発生したといえるためには、実害の発生が必然的ないし蓋然的であることを要するものではないことは勿論であるが、さりとて単なる低度の可能性では足りず、衝突、顛覆、脱線等の実害を惹起する可能性が或る程度より高いものでなければならないものと解する。しかして本件被告人がなした装置をもつてしては前示のとおり、爆発可能性は程度において極めて低く、かつ又爆発の威力の点においても極めて小さいものであるから、未だ同法条にいう具体的危険を発生せしめたものとは認め難いので、同法一二八条の未遂をもつて断ずるのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 富川盛介 前田一昭 田尻惟敏)

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